大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和53年(行ク)23号 決定

申立人

宮沢美佐子

外七名

右申立人ら代理人

山田一夫

外十名

被申立人

大阪中央労働基準監督署長

大松良行

外四名

被申立人指定代理人

辻井治

外八名

主文

申立人らの本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

〈前略〉

第三当裁判所の判断

一被申立人らが申立人らに対し、別紙(一)の執行停止申立書に添付する別紙処分一覧表記載の各休業補償給付および休業特別支給金(以下、これらを休業補償給付等という)の支払の一時差止め処分(以下、本件差止め処分という)を行なつたことは、本件記録上明らかである。

そこで、本件執行停止の申立てに申立の利益があるか否か、換言すれば、本件差止め処分の効力を停止することによつて、申立人らに法的な利益が生ずるか否かについて、以下順次判断する。

二まず、申立人らは、休業補償給付等については既に被申立人らによる支給決定がなされているのであるから、本件差止め処分の効力が停止されたならば、申立人らは被申立人らから当然に休業補償給付等の支払を受けうることとなり、申立ての利益があると主張する。

しかしながら、休業補償給付等を支給する場合には、被申立人らにおいて支給決定がなされ、その旨書面をもつて申立人らに通知される(労災保険法施行規則一九条、労働者災害保償保険特別支給金支給規則二〇条)のであるから、支給決定がなされたことは右通知書の提出などによって容易に認定することができるところ、そのような疎明のない本件においては、支給決定はいまだなされていないものと認めざるを得ない。

申立人らは、最初の請求に基づく業務上外の認定は慎重になされるが、その後の請求に対する支給決定は請求者に病状固定あるいは治ゆ等の事情変更がない限り形式的な審査だけでなされており、実質的には最初なされた業務上認定に基づく継続的支払であるという実態を有すると主張する。

しかしながら、労災保険法等の関係法令の規定によれば、休業補償給付等の請求は、請求者が業務上の負傷又は症病による過去の休業により賃金を受けられなかつたことに対する補償の請求であり、これに対する支給決定も、請求者に記載した期間について、初回と同様その要件の存否に関する実質的な審査、判断を行なつたうえ、請求の都度個別的になされるものであると認められるのであつて、仮に、支給手続の実際において、最初の請求に対する審査が慎重で時間がかかり、第二回目以降の審査がそうでないとしても、そのことから直ちに第二回目以降の審査および支給決定が共に形式的で、その休業補償給付等の支給が最初の支給決定の継続的支払であるとか、最初の支給決定に将来の休業補償給付等の決定が含まれていると解することはできない。

また、労災保険法四七条の三の規定及び本件差止め通知書には、いずれも、休業補償給付等の支払を一時差止める旨記載されているところからみると、本件においては既に差止めの対象となつた休業補償給付等の支給決定がなされていて、その支払のみが一時差止められたものと解されないではない。

しかしながら、右法条および本件差止通知書の文言を本件の休業補償給付等の支給に関して考察すると、右法条は、右給付の請求があつた場合において、いかなる決定をするか(継続して休業補償給付を行なうか、これを打切るか、あるいは傷病補償年金に切替えるかなど)を判断するに必要な請求者の病状に関する資料(診断書を添付した傷病の状態等に関する報告書)が提出されないときは、当該請求に関する適正な認定ができないので、右資料の提出があるまで右請求に対する決定を一時留保することができる旨を定めたものであつて、具体的な支給決定がなされていることを前提とするものではないと解するのが相当である。

そうだとすれば、支給決定の存在を前提とする申立人の主張は理由がない。

三次に、申立人らは、被申立人らによる支給決定がない場合においても、本件差止め処分の執行停止がなされたならば、被申立人らは必然的に休業補償給付等の支給又は不支給の決定をしなければならない法的状況におかれ、しかも、申立人らが支給決定を受けうることはほぼ確実な状態にあるから、申立人らにつき支給決定がなされたときに近い状況となるのであり、従つて、本件申立ての利益が存すると主張する。

しかしながら、被申立人らは労災保険法一二条の七、同法施行規則一九条の二に基づき申立人らに提出を要求している傷病の状態等に関する報告書が申立人らから提出されないことを理由に労災保険法四七条の三の規定により一時差止め処分を行なつたものであることは本件記録上明らかであり、たとえ本件の執行停止の申立てが認容されたとしても、それは本件差止め処分の効力の停止、即ち本件差止め処分が存在せず、単に休業補償給付等の支給申請が継続している状態になるにとどまり、直ちに支給又は不支給いずれかの決定を受けうる法的状況になるとか、あるいは支給決定を受けることがほゞ確実な状態にまではなり得ずその他労災保険法等の関係法令および記録を精査しても、何らの申立ての法的利益を認めることはできない。

四以上のとおりであつて、本件申立ては申立ての利益を欠くからその余の点について判断するまでもなく失当として却下することとし、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(上田次郎 安斎隆 上垣猛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例